校舎東側より

府中高校について

府中の伝統校

 府中高校の歴史は古く、大正6(1917)年にまでさかのぼることができます。同年、東京市神田区今川小路(現在の千代田区神田神保町)に私立専修商業学校が創立されました。本校の敷地はこの専修商業学校の農園だったのです。
 この地が専修商業学校の農園になったのは昭和12(1937)年のことです。戦争前後の紆余曲折を経て、昭和21年(1946)年3月28日、農園にあった黎明塾を利用して私立東光高等女学校がつくられ、昭和23(1948)年の学校改革とともに名を赤松高等学校と変えました。
 昭和35(1960)年11月1日、赤松高等学校は府中市に移管されて府中市立赤松高等学校となりました。
 そして、昭和36(1961)年4月1日に東京都立府中高等学校になったのです。
 以来約半世紀、校舎の新築・増改築、校地の取得などが次々におこなわれ、学校の規模も大きくなりました。
 本校の卒業生は、判明している赤松高校時代の卒業生175名を含めて1万5千人を超えており、行政・経済・教育・医療・芸能など多方面で活躍しています。

緑あふれる落ち着いた学習環境

 府中高校は東京農工大学・明星学苑・府中市立第九小学校とともに府中市の文教地域を形づくっています。
 31,000uの土地に、10,700uの建物が展開しています。正門から校舎まで、100m余りのアプローチが続いており、左手には府中市銘木100選の1つに選ばれた赤松をはじめ、楠・楓・桜・杏・梅・さわら・たらなどの木々が、右手には孟宗竹が生い茂っています。この3,200uに及ぶ林には多くの野鳥が飛び交うなど、東京都の高校の中ではきわだって豊かな自然を残しています。